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DesigningとEngineeringの架け橋

なぜ『天使と悪魔』というタイトルなのか?それは原作を読むまでわからない

先週金曜日にレイトショーに行ってきたので今日はその感想文を少々。

公開前から妻には「原作を読みなよ」と言われ続けていた『天使と悪魔』を観た。

レッドクリフのように2作に分けても良かった

ありがちな事だが原作のボリュームを映画という2〜3時間程度の尺ではカバーしきれないということだ。自分にはなぜ『天使と悪魔』という表題になっているのかも今ひとつ分らないまま終わってしまった。
残念な点がもう一つ。ベルニーニの作品がストーリーの鍵になっていることは周知の通りで、原作では美術品にかなりフォーカスして描かれている*1らしい。しかし、劇中ではかなりあっさりと片付けられてしまっている。この辺りを楽しみにするとちょっと拍子抜けになる。ジェットコースター的なストーリー廻しが強いように感じられた。
レッドクリフは正直内容を膨らましすぎだと思うけど、天使と悪魔は興行的にも内容的にも2作に分けてもいいんじゃないかと思った。

かのように世界の支配者は決まる

興味深かったのはヴァチカンでの描写。事実にどこまで即しているのかは不明だが、コンクラーベの様子やその結果発表の方法など、100年単位で変わっていない情景なんじゃないんだろうか。世界のキリスト教徒の心のよりどころとなる、言い方を変えれば支配する立場の人間とはいかなるものなのか。まさに神に近い存在。それを決めるのもまた人。日本だって政権交代だなんだと総理大臣の椅子を争っているのだから、世界の支配者*2ともなればその地位を巡って争いが起きるのは必然。いやはや日本人にはちょっとなじみが薄い主題だなと思った。


上・中・下という3冊分のボリュームに食指が伸びなかったけど、やはり原作を読む事にしよう。



*1:妻曰く。

*2:イスラームには教皇のような存在は居なかったと記憶しているので、実質もっとも影響力があるという意味で。